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2005 Le Jardin de Qahwah
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スペシャルティーコーヒーの(接し方)暗黒面。

《スペシャルティーコーヒーでなければコーヒーではない。》

恐ろしく危険な考えです。極端ですがそんな風潮が少なからずあるように思います。たとえば「産地至上主義」的なもので、「コロンビアなら〜の〜地方以外はダメ」とか「モカはウォッシュの〜じゃなきゃダメだ」とか・・・。

自分の舌で選んで決めて、結果扱っている「豆」ならいいのですが、蘊蓄だけを強要してくると少々面倒です。同様に「品種至上主義」も危険。(ティピカ種)でなければ(ブルボン種)でなければ・・・など。
自分で選んだ結果(ティピカ種)(ブルボン種)なら問題ないのです。しかし、品種第一に選んでしまうのは選択基準が間違っているように思えます。

たしかにスペシャルティーコーヒーの品質は目を見張る物があります。ムラもなく、粒も揃い、味も香りも素晴らしいと思います。しかし、だから一般流通のコーヒーが劣っているかというのは別問題です。(高品質)=(高級ブランド)的な解釈は間違いだと思います。

スペシャルティーコーヒーの登場による市場での課題はコーヒーの品質の全体的底上げ、つまりは生産国、生産者の生産意欲の向上にあると思います。「カップ・オブ・エクセレンス」はその代表的な制度で、点数評価による順位をつけ、最高品質と認めたものに「カップ・オブ・エクセレンス」の称号が贈られます。「カップ・オブ・エクセレンス」に選ばれた豆はインターネットでオークションにかけられて高価な値段で取り引きされます。

実績がつけば生産意欲の向上に直結します。これを生産者が全体でおこなえば底上げになりませんか?

生産者の栽培条件や顔や産地、品種も大切ですが、情報が公開されているからといって必ずしもそれらが「うまい」ものなのかは飲んでみるまで判らないと思います。やはり、自分の舌で信じて選んだものが、お客様が安心して飲んでもらえる商品に思えます。

一部の「スペシャルティーコーヒー」には私はどうしてもなじめない物があります。それは「香り」。ゆわゆる「花の香り〜」とでもいうものでしょうか?コーヒーではなく香水を飲んでいる気分になる物があります。そのようなコーヒーは大抵、冷めて行くにしたがい味の変化はあるのですが香りの変化がありません。どうしても違和感を覚えてしまいます。
2。

「赤羮の〜」の「何故、そこまで・・・」独りよがりの味について触れましたが、私の考える暗黒面の一つを紹介します。

私はある日、某焙煎屋に行き、とても不愉快な思いをしました。
その店は生豆にこだわりを持つお店で、使用している豆はすべてゆわゆるスペシャルティーコーヒーでした。

当時、焙煎を始めたばかりの私はスペシャルティーコーヒーとはなんぞや?という疑問にぶち当たってました。そこで百聞は一見に如かず。以前より高品質の豆を扱っていると噂に聞いていた某焙煎屋に足を運びました。目的の一つとして生豆を少し分けていただこうと思っていました。

手廻し焙煎機で焙煎している旨を話したところ一言、「手廻しでは中心まで火が通らないでしょう。」しかし、当時私は中心と外側との焙煎度に細心の注意をはらっていました。熱量と排気量が釣り合えば、全体に綺麗に火は通るものです。
しかし「ダメダメ、あんなので(手廻し焙煎機)焙煎したって意味がないよ」と。

私は、焙煎とはシンプルなものと考えています。手廻しの焙煎機は直火のもっともシンプルな焙煎機の基本と思っています。そこでこう質問しました。「手廻しの焙煎は試されたことがあるのですか?」と、すると「ダメだね、あんなんじゃ上手く煎ることは出来ないよ。」

・・・どうやら上手く煎ることは出来なかったようです・・・

この辺りで私の心は穏やかではありませんでした。質問を変えて「今までで全国で美味しいと思った場所はありますか?」との問いに、たぶんご主人は腕に自信があるのでしょう。「ないね、自分が焼いた豆が日本で一番旨い。」と言い切られました。


・・・怒りを通り越して面白くなってきました・・・

そのあとはご主人(とにかく良く喋る)がだらだらなんか喋ってましたが(聞いてないので覚えてません。)最初の目的の生豆を分けてもらうのもどうでもよくなってきて足早に店を後にしました。

このご主人、某所から豆をすべて卸してもらっているわけですが、卸してもらっているにもかかわらず「自分が(日本で)一番」だそうです。

そういえばこんな事も言われました。「ボクとは方向性が違う」。

・・・ハイ、あなたとは方向が違います・・・

良い勉強になりました。