スペシャルティーコーヒーの(接し方)暗黒面。
《スペシャルティーコーヒーでなければコーヒーではない。》
恐ろしく危険な考えです。極端ですがそんな風潮が少なからずあるように思います。たとえば「産地至上主義」的なもので、「コロンビアなら〜の〜地方以外はダメ」とか「モカはウォッシュの〜じゃなきゃダメだ」とか・・・。
自分の舌で選んで決めて、結果扱っている「豆」ならいいのですが、蘊蓄だけを強要してくると少々面倒です。同様に「品種至上主義」も危険。(ティピカ種)でなければ(ブルボン種)でなければ・・・など。
自分で選んだ結果(ティピカ種)(ブルボン種)なら問題ないのです。しかし、品種第一に選んでしまうのは選択基準が間違っているように思えます。
たしかにスペシャルティーコーヒーの品質は目を見張る物があります。ムラもなく、粒も揃い、味も香りも素晴らしいと思います。しかし、だから一般流通のコーヒーが劣っているかというのは別問題です。(高品質)=(高級ブランド)的な解釈は間違いだと思います。
スペシャルティーコーヒーの登場による市場での課題はコーヒーの品質の全体的底上げ、つまりは生産国、生産者の生産意欲の向上にあると思います。「カップ・オブ・エクセレンス」はその代表的な制度で、点数評価による順位をつけ、最高品質と認めたものに「カップ・オブ・エクセレンス」の称号が贈られます。「カップ・オブ・エクセレンス」に選ばれた豆はインターネットでオークションにかけられて高価な値段で取り引きされます。
実績がつけば生産意欲の向上に直結します。これを生産者が全体でおこなえば底上げになりませんか?
生産者の栽培条件や顔や産地、品種も大切ですが、情報が公開されているからといって必ずしもそれらが「うまい」ものなのかは飲んでみるまで判らないと思います。やはり、自分の舌で信じて選んだものが、お客様が安心して飲んでもらえる商品に思えます。
一部の「スペシャルティーコーヒー」には私はどうしてもなじめない物があります。それは「香り」。ゆわゆる「花の香り〜」とでもいうものでしょうか?コーヒーではなく香水を飲んでいる気分になる物があります。そのようなコーヒーは大抵、冷めて行くにしたがい味の変化はあるのですが香りの変化がありません。どうしても違和感を覚えてしまいます。