Arabia
Felix
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その後・・
「1」
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1月18日
前日の夜はアディスアベバのホテルにて一泊。昨日の晩、空港からホテルまでの間、バスの窓から道行く女性の姿を見た。道を歩く女性達の格好は短パンにTシャツ。なんと、肌が出ている。しかも女性がこんな時間町を歩いている。・・・すっかり感覚がイスラムの考えになっているようです。エチオピアはイスラム教徒よりキリスト教徒が多い国。短パンにTシャツなんて別に普通の格好なのに、頭の中では「露出が激しいっ!」と思うわけです。変なクセがついたな〜と思いましたが、逆に「慣れ」と「たしなみ」など色々と考えるきっかけにもなりました。
さて、本日はいきなり飛行機でアディスアベバを去ります。東のハラール地区ディレダワに向けて出発です。ディレダワは現地の言葉でディレ(平らな)・ダワ(薬)ここはその昔、薬草の採れる場所からその名前が付いたそうです。現在、エチオピアのコーヒー集散地のひとつで、東部ハラールで採れたコーヒーの卸売市場があります。
ディレダワの町にモプラコ社ヤニ社長の家がありました。
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| 工場も兼ねるこの場所は、いきなり麻袋がお出迎えです。 |
東部ハラールエリアのコーヒーはヤニ社長自慢のコーヒー。ハラールスターは自慢のブランド。 |
工場内は近代的な設備と衛生的な環境が整えられていました。エチオピアは世界的にどちらかと言えば貧しい国です。しかし、この設備を見るとそんな感じは吹き飛ぶ思いでした。(しかし、後にこの考え方に複雑な思いが絡んできますが、後日書く事にします。)
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豆の選別機。厳密で何重にも行われる選別作業は高品質コーヒーの手助けでもあります。 |
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| 奥では人の手でコーヒーの欠点豆を取り除く作業が行われていました。コーヒーの山を囲むように作業します。 |
欠点豆を取り除き、良い豆は後ろに回します。終了に近づけば豆の山はドーナツ状に。 |
さて、出発です。ディレダワからハラールの集積地ベデノに向けての長い道のりです。(片道約3時間)
道のりは、ガラ・ムタラ山を沿うように進みます。この山、35kmの長さになる一枚岩の山で、その反対側には広大な大地が望めます。エチオピアの大自然はイエメンの風景とはまるで違うものでした。
ここ、東部ハラール地方は年間雨量1000mm強。土壌は全体的に黒い色をしており、黒色火山灰土壌と呼ばれています。ローム層の様な土壌と言えばいいのでしょうか?
ガラ・ムラタ山の標高は3320m、その下約2400mの標高を進みます。イエメンでもほぼ同じ標高に行きました、が、ここは夏の気温です。空には積雲があり、イエメンとの土地の違いをはっきりと感じました。
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| 山のような岩と言えばいいのでしょうか?ガラ・ムラタ山。イエメンと違い汗ばんできます。 |
この周辺の土壌はこのような黒い色をしています。 |
はたして、イエメンとエチオピア。同じモカコーヒーで良いのでしょうか?
・・・あきらかに違います。
ハラールの西南で収穫されるハラーコーヒーはエチオピアの最高品質を誇ります。16世紀にアラブ商人の要請でコーヒーが栽培され、イエメンに送られて「モカコーヒー」として取り引きされていました。
ハラールを代表する最高級コーヒーはベデノ産とハラワチャ産です。われわれは集積地ベデノを訪れました。
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| ベデノ到着、アッとゆう間に囲まれました。ここまで来る外国人(しかも日本人)は珍しいようです。 |
この地区の農民はベデノに豆を運びます。 |
昔、テレビの特番でアフリカを探検する番組がありました。番組の中で探検隊が集まっている場面では必ず一定の距離で半円状に原住民が立っているのを見て「なんでだろ」と思っていました。ベデノに到着する前に途中、昼食の時間にテレビと同じ事が起こっていたのです。・・・ビニールシートを広げ昼食を取る我々。半円状に一定距離を保ちこちらを見ている地元の人たち。うぅ、なんか食べにくい。食べ物が欲しい感じでもないのです。なんだか、観察されている感じです。道中、別に村があるというわけでもないのに。しかし、どこから来るのでしょう?未だに不思議です。
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集められた豆は1袋あたり86kgに詰められてディレダワへ運ばれていきます。トラック1台あたり120俵積んで運ぶそうです。
日本ならあきらかに過積載です。 |
ベデノでは集められたコーヒーの実が(コッコ。つまり脱穀前の状態)木の臼を使って脱穀していました。
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| ベデノの様子。コーヒーを中心とした日々の暮らしがここにはあります。 |
村の女の子。名前はたしかリリィーちゃん。しかし発音が違うためか名前を呼ぶと笑われた。そんな彼女も自分の顔がインターネットで流れているなんて夢にも思わないでしょう |
ベデノからさらに車を走らせてハラールの奥地に。エチオピア最大の目的地ジェルジェルツーという村はここよりさらに奥地。これは明日のお楽しみです。いよいよハラールの農園に到着です。
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| コーヒーの木は一定間隔で植えられています。畑によって苗木の大きさが異なり、収穫を管理してます。 |
写真では判りにくいのですが、コーヒーの実です。実は木の上で乾燥して収穫します。 |
ハラールの農園はコーヒーがモカ港より世界に輸出を始めてからの歴史があると言っても過言ではありません。しかし、古くからあるというイエメンの農園ホダインとは整備のされ方が違っていました。ここではプランテーションとしての農園が存在していました。ここでは昔からの農法が守られています。ドライドシェーリングというハラールエリアのみの栽培方法があります。この伝統的な方法とは、自然の雨と(人為的に水をやらない)床を作らずに堆肥とコーヒーの殻を混ぜたものを気の周りに置いて自然に土を作ると言うものでした。結果、木は病害虫や自然災害に強い木へと育つのです。
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| コーヒーの木とシェードツリー。明らかにほぼ同時期に植えたものでしょう。 |
農園の中心にあるコーヒーの木。かなり大きな木です。 |
この農園にあるコーヒーの木は、古いもので樹齢200年を越えるものがあるそうです。幹回りは約50〜60cm。上にまっすぐ伸びている健康な木でした。これは、いかに木が丈夫で健康かということです。イエメンでもそうでしたが、樹齢100年を越える木は良い意味で「自然のまま」です。そして完全有機農法。古くから存在するコーヒーの木はひょっとしたら文化的、文明的飲み物コーヒーを作り出す側面として、人の作り出した文明に弱い生き物ではないのでしょうか?
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農民達は先祖の残した財産を大切に受け継いでいます。何代も前に先祖が植えた木をその子供達が収穫する。なにも変わらない良いものの例かもしれません。 |
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樹齢200年を越えるコーヒーの木。まっすぐと空に向かって手を伸ばしているようです。
コーヒーの実は木の上で乾燥させるために、木の枝には実が付いていました。 |
ここの農園ではコーヒーの実を木の上で乾燥させる方法、「ドライオンチェリー」という方法でコーヒーを収穫します。コーヒーは赤くなった実を収穫してその実を乾燥させた後に脱穀します。しかし、ここでは木の枝に実がなった状態で乾燥まで行います。赤い実はやがて黒く堅い実へと変化します。その実を一つ一つ丁寧に収穫していきます。机上乾燥のコーヒーは極限まで木の栄養を実に蓄えます。栄養を沢山たくわえた種子は、甘い余韻を残すコーヒーになります。実際、完熟した赤い実を食べてみました。その果肉はとても甘く、まったく青臭さを感じないものでした。イエメンで食べた完熟の実の味とはまた違った甘みでした。この果肉の甘みは焙煎後、抽出液の甘みの最高点に通ずるのではないかと思っています。
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収穫後、この木の臼でコーヒーの実を脱穀します。臼の高さは80cm〜1mでしょうか。見た目よりもかなり堅く、重いものです。この臼の中にコーヒーの実を入れて、木の槌で突いて脱穀します。 |
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| 脱穀の様子。この時代、手作業で行われている事自体驚きです。かなり重労働。 |
臼の中は渦巻き状に掘られており、脱穀しやすいような作りになっています。 |
機械化が進み、大量生産、大量消費の世の中で、全てが人の手で行われている事に深く感動しました。ここのコーヒーは一粒たりとも無駄に出来ない。そんな思いでいっぱいです。ここのコーヒーは確かに大量生産できません。しかし、こういった丁寧な仕事が行われている場所こ「世界遺産」に相応しいとおもいます。こういった農園こそ、フェアトレードの重要性があると思います。イブラヒムモカの会ではこういった農園とのフェアトレードも視野に入れて活動しています。
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手摘みでの収穫の様子。樹齢を重ねた木は当然、高くなります。高いもので約6〜8m。収穫にはラダーと呼ばれる木のハシゴを使い収穫します。 |
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ハシゴは3本の木を組み合わせ、ステップを付けたもの。その上に立ち、収穫作業を行います。ここより奥地のジェルジェルツーではこのハシゴの原形ともいえるハシゴが登場します。 |
エチオピアでも濃厚な旅の始まりでした。コーヒー農園視察の順番でいえばイエメン、エチオピアは最後の方でも良いかもしれません。しかし、この2つを最初に見てしまうと今後のコーヒーの旅に影響が出そうな気がします。
ハラールの農園を夕方頃出発。到着はおきまりの9:00コース。今晩はハラールのホテルに泊まります。ハラールの町に入ったくらいの所で途中、車が立ち止まるとそこにハイエナ(野生、しかも5,6頭)に餌付けしている人がいるじゃないですか!生肉を50cm位の棒につけて食べさしてます。
動物園で見るよりデカイぞ、このハイエナ。しかもこのおっさん、「誰か餌付けしたい人いるか」などと言うではないか。一番乗りは森光さんの娘さん森光英会さん。つぎは岩見さん。英会さんに「伊福さんっ!」と呼ばれ「オレかっ!(内心餌付けしてみたかった)」と思いチャレンジ。野生のハイエナに餌付けした経験はちょっと自慢できる。
ホテルでの夕食は驚きでした。なんと小生、本日誕生日。しかももう一人同じ誕生日の方がいらっしゃるじゃないですか。それは鹿児島で「のんきな珈琲屋」を営む空飛ぶ(現役パイロット)桂さん。旅の前から誕生日をハラールで過ごすのか。とそれだけで深い思いに浸っていたのですが。ありがとうございます。
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| 2人分のケーキ。この後切り分けられます。しかし、色の鮮やかな事。 |
一生の思い出とはこうゆう事ですね。生涯忘れない一日です。 |
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現地ホテルの方が切り分けてくれました。日本では当たり前に等分しますが、自由なカッティングです。
味は激甘。生クリームのジャリジャリした砂糖の食感は思い出の味です。 |
嬉しい。しかし気になる事が一つ。ハラールの村から帰る途中、妙に寒気がしてきて・・・。ヤバイ、熱がでてきた。ここで体調が崩れるとは。
部屋で汗を流して寝よう・・・が、シャワーの水が出ない。トイレも流れない。エチオピアの現状です。どうもこの辺りから体調を崩した方が増えてきたようです。あぁ、明日は念願のジェルジェルツーなのに・・・。
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