Arabia
Felix
1月11日
1月12日
1月13日
1月14日
1月15日
1月16日
1月17日
1月18日
1月19日
1月20日
1月21日
1月22日
1月23日
その後・・
「1」
|
1月20日
体調不良もすっかり治り、前日の「風土病かっ!」と焦るような寒気はなんだったのだろう?昨日、受診して体調が悪かった人や、調子を壊していた人。何故かこの日、殆どの人が復活。
・・・恐るべし、エチオピアメディスン。
エチオピア到着の最初の日に「食事が合わない」と書きましたが、伝統的エチオピア料理が出たのはその日だけで、ホテルの朝食等はパン、サラダといった洋食、昼はほとんどヤニ社長の所で食べさせてもらえたため、助かりました。ヤニ社長宅のご飯は旨い。スパゲティはあるし、スープもあるし、どうゆう訳か神戸牛は出てくるし。贅沢、おなかいっぱいです。しかも食後に珈琲!!(イエメンではインスタントしか飲めなかった。)ハラールの美味しい珈琲は久しぶりの香りと余韻を楽しめました。
今日は昼まで、ハラールの町を見学。2:15分の便で首都アディスアベバに向かう予定です。大きな日程も終わり、参加者の顔には満足感と気持ちのゆとりが出てきているように思いました。
 |
 |
| ホテルから近く、ハラールの町の様子。 |
旧市街の家の一つ。ここではこのようなタイプの家か漆喰の家か2タイプに分かれる。 |
やっぱり、基本的にエチオピアという国は貧しいです。まず第一に流通しているお金がクシャクシャで文字が見えないくらい汚れている。エチオピアのお金の単位は「ブル」。1ブルが約12円。物価は日本から見るととても安い。買い物ではこの1ブル札をよく使ったが、返ってくるお釣りがもの凄く汚いのです。一般流通する紙幣の汚れている程度は国の豊かさに比例するのです。
第2に、路上での人々の服装や衛生状態。イエメンにいたときには物乞いや衛生状態の悪い人は余り見かけなかった。しかし、ここではハッキリしている。貧困者はすぐに判るし、明らかに衛生状態が悪い。イエメンでもエチオピアでも生水は飲んではいけないが、エチオピアはシャワーの水ですら危険に感じた。うがいもミネラルウォータを使ったほどである。
ちなみにヤニ社長宅の水道は一度集められて煮沸後、水道を通るようになっています。単純に資本主義社会の強烈な貧富の差なのです。
 |
 |
| フランスの天才詩人ランボーが住んでいた家。 |
現在、中は資料館。ランボーが手にしたであろうフランス語の資料が閲覧できます。 |
 |
 |
| 二階に上がれます。階段の作りは丈夫で木の組み合わせが美しい。 |
午前中で30度近くまで温度は上がります。湿度がないために日陰は涼しく感じます。 |
 |
 |
| 一階から二階は吹き抜けになっており、現在は写真が展示されています。 |
二階の窓はステンドグラスで装飾されています。窓からはハラールの街並みがみえます。 |
 |
詩人ランボーの写真。今から約100年前に36歳の生涯を閉じた天才放浪詩人。イエメンのアデンにも彼は住んでいた。アフリカ大陸を目指していた彼にはハラールはどのように写ったのだろうか。 |
午前中のハラール見学後、再びディレダワのヤニ社長の所へ。昼食後、エチオピア・コーヒーセレモニーを見せてくれるそうなので期待。
 |
 |
| 吉祥寺「もか」専用の麻袋。通称「標モカ」と呼ばれている逸品。 |
もちろんモプラコ社自慢の「ハラールスター」。 |
エチオピア到着当日にコーヒーセレモニーは見たのですが、より正式なやり方のこちらで解説します。始まりから終わりまで約1時間。エチオピアでは1日に2〜3度行われる日常的なコーヒータイム。
しかし、日本の茶道と通ずる所があります。
 |
 |
| コーヒーセレモニーを行う場所は青草が敷きつめられます。 |
1)七輪に炭をおこします。七輪はケセルマンチュッシャと言います。 |
 |
 |
| 七輪は2種類。香を焚く(小さい方)七輪と主に使用する七輪。 |
2)コーヒー豆を鉄鍋に入れ、水で数回洗います。(けっこう汚れてます。) |
 |
 |
| 3)鉄鍋を七輪にのせ、かき混ぜ棒で混ぜながら焙煎します。鉄鍋は(ブランドムタット) |
4)焙煎終了間近。かなりの煙です。ちなみにかき混ぜ棒は(マクラヤ) |
 |
5)コーヒー色に焙煎が進むと終了。籐で編んだ様な皿(スセット)に豆を移し、水を手で軽くかけ豆を冷却します。参加者に上手く煎れたかどうかと、香りを確かめてもらいます。 |
 |
 |
| 6)炭をおこしていた小さい七輪はお香を焚く香台(ウタルマンチュッシャ)。香を焚き始めると凄い煙です。 |
7)素焼きで出来たポット(ジャバナ)に水を入れ沸かします。 |
 |
 |
| 8)お湯を沸かす間、焙煎豆を粉にします。臼(モカチャ)の中に豆を入れ、杵(ゼナゼナ)で突きます。 |
9)コーヒーをポットの中に入れ、コーヒーを煮出します。 |
 |
 |
| 10)用意されたカップ(セニ)。大きさは小ぶりの湯飲みくらい。 |
11)沸騰したらカップに何度か注ぎ抽出の具合を確かめます。 |
 |
 |
| 12)十分に抽出できたら一度ポットをポット敷き(ジャバナマンチャッシュ)に傾けて粉を鎮めます。 |
13)注ぎ口に棒を当て(繊維状のものを詰める場合もある)粉を濾しながら注いでいく。 |
 |
ポットの粉を起き鎮める時に、七輪の残り火でおつまみにポップコーンやパンを作るらしいのですが、我々のためにバナナの葉で包んで焼き上げるパンケーキが用意されていました。食感はパウンドケーキのようですが甘みがなく腹持ちの良い感じでした。 |
カップに注ぎ分けられたコーヒーは主賓や長老から配られていきます。
一番目に抽出されるコーヒーは(アボール)と呼ばれ、香り高く深い味わいのコーヒーでした。2番目に抽出されるコーヒーは(タウナまたはフルテンヤ)と呼ばれ、伝統的な飲み方は塩を入れるそうです。最近では砂糖を入れる事もあるそうです。3番目に抽出されるコーヒーは(バラカまたはソステンヤ)と呼ばれ、バター、香辛料、香草を入れて楽しむそうです。今回は2番目、3番目のコーヒーはなにも入れず頂きましたが、中国茶と同じようにコーヒーも何煎か楽しむ方法に興味が持てました。
おいしかったです。ごちそうさまでした。
 |
ここは世界基準の品質を管理する設備が沢山あります。その中の一つ、テイスティングを行うテーブル。
コーヒー鑑定士のようにコーヒーをスプーンですくい、口内に「ズズッ」とすすり、味を判断します。 |
和やかな雰囲気の中、コーヒーの香りとともに心がリラックスしていきます。旅は終わりに近づき、長いような、短いような奇妙な実感が沸いてきたのもこの頃からです。4日後にはカウンターに立っているであろう自分に心の準備を整えながら。
 |
 |
| お香を焚いている間、煙はエチオピアの光を柔らかな姿に。 |
スーパーショット!。こんな事がない限り次はあるのでしょうか?左、森光さん。中央、ヤニ社長。 |
コーヒーセレモニーの後は別の場所にある工場を見学です。機械によって大まかに選別されたコーヒー豆は最終的に人の手でチェックされて袋詰めされます。ここにはモプラコ社のあらゆるコーヒー豆の種類がありました。
選別は一つのテーブルに5〜6人。テーブルは広く、若干の傾斜があります。手元には溝があり、欠点豆を溝に落とす仕組みになっています。傾斜下側に麻袋が付けられており、そこに良い豆を入れていく仕組みになっています。ハンドピックにはピッタリの作業台です。
 |
 |
| コーヒーの山。気が遠くなる作業量です。 |
産業をコーヒーに委ねている姿の一端。 |
ここで行われている光景を目にすれば安易にコーヒーを粗末には出来ません。一粒一粒が尊く思えてきます。イエメンやエチオピアで見た光景と内面との意識改革がはたして、これからどのように味に影響してくるのか?これからが楽しみです。
工場見学後、14:15分の便でディレダワからアディスアベバへ。ハラールでの体験は一生忘れる事がないでしょう。
|