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2005 Le Jardin de Qahwah


Arabia
Felix

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その後・・
「1」


2005年 日本コーヒー文化学会ニュース 第36号 寄稿

JCS企画「モカコーヒーの道」研修ツアー報告。

私は愛媛県松山市で小さな自家焙煎の珈琲屋を営んでいる伊福と申します。私がコーヒーを好きになったのは、モカコーヒーの魅力といっても過言ではありません。私はコーヒーがどちらかと言えば苦手でした。しかし、初めてコーヒーに甘みと不思議な香りを感じたのは「モカ」が入ったブレンドでした。魅力に囚われ、コーヒーの世界に入り、自分の店を持つようになり、自分が感じた体験を沢山の人に伝えたい。と、そう想う心はいつしかモカコーヒーの原産国であるイエメン・エチオピアに関心を持つようになりました。「いつかはイエメンとエチオピアの地を踏みたい!」その気持ちにJCSからの応募チラシに「モカコーヒーの道」が。私の心は迷い無く参加を決めていました。

コーヒーのルーツ、イエメン・エチオピアを巡る旅「モカコーヒーの道」は、1月11日から23日までの13日間。店を留守にするリスクよりもこれからの自分を13日間に見つけた気がします。
6月の総会に合わせて、次号の「文化学会ニュース」が発行されますが、次号は「モカコーヒー」の特集号になる予定です。先がけて私が概要ですが、ツアー報告をお知らせしようと思います。

この旅には大きな2つの目的が「モカコーヒーの道」にはありました。1つは、今年3月25日〜9月25日に愛知県で開催される「愛・地球博」に「イエメン共和国」が公式出展します。6月5日の名古屋で開かれるJCS総会に合わせて「アルカブース社」のイブラヒムさんを日本にご招待し、イエメンと日本のコーヒー文化交流の実現を図りたい。そして、もう1つはエチオピア・ハラールの奥地にある。最古のコーヒー栽培地であるジェル・ジェル・トゥーの村を世界遺産に登録する運動を、日本コーヒー文化学会から世界に向け発信したい。この2つの目的から旅は始まりました。

総勢21名、 旅は4WDに分乗し、イエメンの首都サナアからモカマタリの産地「バニー・マタル」へ。マナーハの集荷場からイエメンの桃源郷「バニー・イスマイル」へは、山道を片道5時間近くかかる過酷な道をトラックにて登頂。そして、イエメンコーヒーがマナーハに集められそのほとんどが船積みされるという輸出港ホディダへ。珈琲発見伝説の地「ウーサブ」では発見伝説に一歩近づきました。イエメンコーヒーのかつての取引の地「ベイト・アル・ファーキフ」からコーヒーに携わる者なら聖地ともいえるモカ港に。モカ港では漁船に乗り、海からかつての旧市街モカを見ることが出来ました。イエメン第2の都市タイズではスーク(市場)を見学、市場で焙煎機の姿を見て驚き、香辛料と共に売られているコーヒーにも驚きました。イエメン人がコーヒーは昔からそこあったという産地オデインでは、自然のままで栽培されるコーヒーの木に出会いました。

エチオピアでは首都アディスアベバからディレダワへ飛び。ディレダワではイエメンと似た標高にありながら、まるで違う土壌と気候の違いを肌で感じると共に、ハッキリとイエメンモカとエチオピアモカの違いに気が付きました。そして旅のクライマックスであるハラールの地を訪れ、ハラール州の奥地、ガラムラタ山南斜面にある、現存するおそらく世界最古のコーヒー栽培地であるジェルジェルツー村を訪れるという、まさに充実の13日間の日程でした。一日の基本的なサイクルは(6時起床・7時朝食・8時出発・21時宿泊地到着)と、かなりハードな旅でしたが、1日の長さが2倍にも3倍にも感じる濃厚な日程にもかかわらず、参加者の表情には旅の疲れよりも充実した表情の方が印象的でした。

旅の団長である森光宗男さんの「モカコーヒーの旅」の集大成とも言えるこの旅には、それぞれの現地での大切なつながりが旅の大きな支えになっていたのではないでしょうか。イエメンでは輸出会社「アルカブース」の全面協力により、本来、立ち入ることの出来ない農作地へと踏み入ることが出来ました。また、エチオピアではモプラコ社のヤニ社長のお力添えで、精選所や工場、エチオピアコーヒーの「今」を肌で感じることが出来ました。

旅も後半になると、エチオピアでは体調を崩した方が何人かいましたが、イエメン・エチオピアでの過酷な道程に、車もパンクや故障、事故もなく、無事ツアーを続ける事が出来たのは参加者全員のコーヒーに向き合う気持ちが珈琲の神様(この場合、アッラーかもしれませんが・・)に通じたものと確信してます。参加者の全員が新しい発見と共に、新たなる課題を見つけた旅のように思います。今後、今回のようなツアーが行われる事は難しいと思いますが、日本珈琲史に残る大切な足跡を残すツアーに成り得たと確信します。