その昔、とあるコーヒー屋さんとお話をした時にコーヒーフィルターの話になりました。巷でサードウェーブ云々と言い始めるチョット前の事です。その方が進める飲み方はフレンチプレスでの抽出。今でこそ当たり前のようにお店で提供している所が増えましたが、当時として走りだったと思います。フレンチプレスでの提供を勧めるお店は一様に「金属のフィルターで濾すフレンチプレスは、コーヒーの油分まで余すことなく抽出できるため、コーヒーの素材本来の美味しさをお楽しみいただけます。」と説明があります。
当時、その方に「ネルフィルターは文字どうりフィルターをかけるからねぇ」と言われて、脳内では反射的に(フィルターかけて何が悪い?)と思いましたが(←勿論口には出してませんよ)この出来事は私の中で喉に引っかかった小骨の様に残っていました。体感的にフィルターレスのコーヒーが苦手であるというのがあったからとも思います。だって、飲み口や舌触りがザラザラするじゃないですか。どうにもアレが美味しいと思えない。確かにオイル分の旨味は分からなくもないけど、フィルターがこれに劣るとは考えられないのです。
時代は進み、猫も杓子もサードウェーブと五月蝿くなった頃、コーヒーの薬理学を研究している岡 希太郎氏が薬理学的視点から面白い発表をしていました。今回のコラムはフィルターとフィルターレスについて、岡先生の研究を元に考察していきたいと思います。
フィルターレスの飲み口や舌触りの原因は飲んでいると大体の予想はつきますね。そうです、コーヒー抽出液の中に混じっている細くなったコーヒーの粉です。放って置くと2層に分かれてカップの底に沈殿していきます。解りやすい例を挙げるなら、トルコ式のコーヒーは飲んだ後に逆さまにして模様で占いができるほど細かな粉が底にへばり付きます。
(2015年9月)
この粉の状態は「滓(かす・おり)」と呼ばれる状態です。辞書で見てみますと(◯液体などの底にたまるもの。おり。 「―がたまる」◯よい部分を取り去って、あとに残った不用の部分。 「食べ―」◯劣等なもの。つまらぬもの。)とあります。単純に(つまらぬもの)と言いてしまっては好き嫌いの問題になってしまいますので、薬理学的な視点を混ぜて解説していきます。
岡 希太郎氏は「コーヒーで病気になりたくなかったら滓は飲むな。」と言います。滓を飲む事で何の病気になるか?飲んではいけない理由を説明していきたいと思います。まず、メタボの方、メタボになりたくない方はコーヒーを飲む時に滓の入ったコーヒーならば滓は残して下さい。またはフィルターで濾したコーヒーを飲んでください。何故か?
それは、コーヒー滓にへばりついている化学成分ジテルペンが原因です。コーヒーのジテルペンには2つあって、そのどちらでも飲めば血中コレステロールと中性脂肪が上昇します。この効果に例外はありません。もう1つの影響は、飲んだ人の多くで血中ホモシステインが上昇します。コーヒーと病気の関係を調べた疫学調査では、高血圧と高脂血症の2つは、少なくともコーヒーが良い影響を与えることはありません。特に高脂血症の人がコーヒーを飲むとほぼ確実に血中脂質が上昇します。高血圧の人が飲めば、血管に悪いホモシステインで悪循環が起こります。高血圧または高脂血症と診断され、医者から「コーヒーは控えてください」と言われる。これは実に正しい判断と言えます。
それでもコーヒーを飲みたい…私は我慢してストレスを溜めてしまうくらいならストレス無い生き方を推奨しますので、そんな方は杯数を控えるの前提として、必ずろ過したコーヒーを飲んでください。濾過する事でジテルペンがほとんど取り除けますので、ドリップ式のコーヒーを飲んで下さいね…という事です。コーヒー滓までも飲んでしまうトルコ式や煮出コーヒーにはドリップ式の50倍〜100倍もジテルペンが入っています。
(2015年10月)
高血圧、高脂血症が悪化しても不思議ありません。注意しなくてはならないのは最近のインスタントコーヒーの中に(レギュラーコーヒーの風味を味わえる)という事で、コーヒーを細かく粉砕したものを混ぜ込んでいるものが各メーカーから数種類販売されています。そうです、飲んだ後に底に沈む(三日月状だったりするアレ)粉は「滓」です。状況により選択して購入する事をお勧めします。
余談ですが、2015年5月に公表された研究結果があり、コーヒーを多く飲む人は、肥満、メタボリックシンドローム、2型糖尿病のリスクが低くなりますが、さらに飲む量が増えると、むしろBMI、ウエストサイズ、体重、身長、血圧、中性脂肪、総コレステロールが増える傾向がある。という発表がありました。(デンマーク研究グループ)
もう一つ、イタリアの研究グループが面白い発表をしています。2015年5月に公表した研究結果によると、エスプレッソやモカなどのいわゆるイタリアンスタイルの飲み方をする人は、冠動脈性心疾患のリスクは高くなることが判明したそうです。コーヒーを飲まない人と比較すると、1日に1杯から2杯のコーヒーを飲む人で1.18倍、3杯飲む人で1.37倍、4杯以上飲む人で1.52倍、冠動脈疾患になるリスクが高くなる傾向があるそうです。イタリアンスタイルのコーヒーは一般的に砂糖を使うことが多い。
つまり、コーヒーを飲むということは、同時に砂糖も多く摂っていることになるので、結果的に冠動脈疾患のリスクが高くなった可能性があります。この研究にもう一つ加えるならば、イタリアンスタイルの抽出方法はエスプレッソマシーンを使い、蒸気圧でコーヒーを抽出します。フィルターは金属のメッシュを通して抽出されます。家庭用の「モカ」と呼ばれる機械も同様に金属フィルターでコーヒーを濾します。イタリアンスタイルのコーヒーは粉を細かく挽いたものを使用しますので、抽出したものは若干の滓を含みます。つまり、ジテルペンが含まれるという事になりますね。イタリア人の食事を見ると炭水化物がメインの食生活です。体型は背中側にもシッカリと肉がついていますね。お腹にも。研究では触れていませんが、冠動脈疾患のリスクは砂糖だけでなく、ジテルペンとメタボの関係が関与してるのでは無いかと考えられます。
(2015年11月)
つまりコーヒー抽出液の中に混じっている細くなったコーヒーの粉…放って置くと2層に分かれてカップの底に沈殿するのは滓入りコーヒーです。滓入りコーヒーを1日2杯、2週間ほど飲むことで、血中コレステロール値が1割ほど高くなります。ずっと飲み続ければ心筋梗塞か脳卒中は免れないでしょう。しかし国や地域によって、この体に悪い飲み方が今でも伝統的に残り、飲まれています。以下にご紹介する抽出方法はレッドゾーンの飲み方です。
トルコでは(2013年にユネスコの無形文化遺産にトルココーヒーの文化と伝統が登録された。)代表的とも言える抽出スタイル(Turkish coffee - ターキッシュ・コーヒー)があります。作り方は、水から煮立てて、上澄みだけを飲む方法です。カップの底の滓が溜まるため、上澄みを飲むようになります。
他にも北欧式の煮出しコーヒーや、1827年にフランスで考案され、特に西部開拓時代のアメリカで普及(西部劇で火を囲み野外でコーヒーを抽出するシーンに登場する器具)した、パーコレータなども滓が入ったコーヒーです。
そして最近この方法で抽出、提供しているお店が増えてきていますが、フレンチプレスもそうです。提供されるコーヒーは雨上がりのダムの水の様に濁り、そこには滓が、、。これらの滓入りコーヒーを1日2杯、2週間も飲めば、血中コレステロール値が1割程高くなるそうです。これをずっと飲み続ければ、心筋梗塞か脳卒中は免れません。
イエローゾーンのコーヒーもあります。マキネッタやモッカと呼ばれる直火にかけ、エスプレッソを抽出する器具。そしてエスプレッソにも注意が必要です。影響が出る杯数は1日5〜6杯以上。日本人で毎日エスプレッソを朝昼晩と飲む人は殆どいないと思いますが、ご注意ください。「じゃぁ、どんなコーヒー飲んだら良いの?」簡単です。「フィルターを通したコーヒー」を飲めば危険は回避できます。フィルターを通すことで(滓が取り除ける)というのもあるのですが、これとは別に(コーヒーオイル)も取り除けるからです。
(2015年12月)
コーヒー滓が体に悪いことを書いてきましたが、もう一つ、注意が必要なコーヒーがあります。それは「コーヒーオイル」です。では「コーヒーオイルとは何か?」。ゴマ油とかオリーブオイルと同じように、植物の種や果実に含まれている油が、コーヒー豆にも普通に含まれているのです。その油のなかに色々な成分が溶け込んでいます。例えるなら、ゴマ油のセサミンみたいなものですが、良いものばかりとは限りません。では、コーヒーオイルには何が含まれているかと言いますと、コレステロール値を上げるカフェストール (Cafestol) (以下CP)とカーウェオール (Kahweol)(以下KP)が溶けているのです。
カフェストールとは、コーヒーに存在するジテルペンの種類で、アラビカコーヒーノキの豆は、重量当たり約0.6%のカフェストールを含みます。カフェストールは、フレンチプレスのコーヒーやトルココーヒー等、未濾過のコーヒーに最も多く含まれます。ドリップコーヒー等の濾過したコーヒーは、無視できる程度の量しか含みません。カーウェオールは、これもまた、アラビカコーヒーノキの豆に含まれるジテルペンです。カフェストールと構造的に類似しています。しかし、近年の研究で、カーウェオールが破骨細胞の細胞分化を阻害し、骨に対して有益な効果を持つことが示唆されました。また、別の研究では、カーウェオールが抗炎症、抗血管形成効果を持つことが確認され、未濾過のコーヒーの摂取とがんリスクの低下の間の疫学的な関係が説明されました。
もう一つ、「コーヒーオイルとはどんなものか?」と言いますと、焙煎度が進み、真っ黒にギラギラ光る深煎コーヒー豆の表面に浮き出ている油の事です。逆に浅焼き(焙煎豆がそれほど黒くなっていない、茶色のもの)からはコーヒーオイルを見る事ができません。注意しなければいけない事として、焼きたての黒光りと、古くなった黒光りは違う……という事。
焼きたての黒光りの油には、CPとKP以外にも、香りや色の成分がたっぷり溶け込んでいます。片や、古くなった豆の黒光りは干乾びただけなので、良い香りは飛んでしまって、CPとKPが残っているのです。コーヒー抽出液の表面にオイルがキラリと出てきている場合、深煎りの焙煎かフィルターを通さない抽出方法かいずれかの場合、目視する事ができます。
(2016年1月)
このオイル、「美味しさの証拠」と言われる事もありますが、コーヒーオイルが旨いのは、溶けている香りが旨いのであって、オイルそのものには味がありません。これはその他のオイル(例えばオリーブオイルなど)にも言える事で、香りや色、味が移るのであって、オイルの舌触りはあっても、そのものの味は無いのです。
話をコーヒーに戻します。コーヒーオイルとは、ごく普通の植物油にCPとKPが溶けたようなものです。それ以外にはほんの少しのカフェインが入っているだけですが、焙煎が進むと香りとコーヒー色の成分が溶け込みます。焼けば焼く程に香りが益し、黒味を帯びてくるのです。ですから、焙煎豆のコーヒーオイルは「香りも味も良い」のですが、CPとKPを含むので「注意が必要」なのです。逆にCPとKPはオイルに移りますが、水には溶けません。だからフィルターを通す事で摂取を免れるのです。
今回はコーヒーとフィルターについて、現在言われている体に対する影響や効果とリスク、それらを踏まえて気をつけるべき事を連載しました。今までの話を纏めますと、飲んではいけない、または注意が必要なコーヒーとは「カップの底に滓が溜まるコーヒー」と「コーヒーオイル」という事になります。この2つが含まれたコーヒーは健康を害する可能性がある為、飲む事を避ける方が良いでしょう。飲むときはなるべくフィルターを通したコーヒーを選ぶ方がコーヒーとの良い付き合い方になります。