去年の今頃のお話なので忘れている方も多いと思いまが、「珈琲事始め」の最後の方に私が焙煎機を手に入れるきっかけを書きました。今回からは当店で使用している機械のお話を書いていきたいと思います。
ちょっと重複しますが抜粋します。「…富士珈琲機器の赤外線付き7ポンド焙煎機です。こ焙煎機に付いている赤外線は元は標交紀氏の師匠、襟立氏が考案とされている代物で、標氏も長年使っていた焙煎機と同じ型。当時、私のあこがれの焙煎機でした。現在、このメーカーはありません。中古でしか手には入らない幻の焙煎機です。」
9月の改装で焙煎機を変えてしまったので今現在この焙煎機は使用していません。まずはこの焙煎機についてお話いたします。
現在は生産されていないこの焙煎機誕生の経緯ですが、源流はアメリカにあります。1864年、バーンズが開発したこれまでにない新しいタイプの焙煎機はアメリカで特許を取得しました。この焙煎機は焙煎温度の調整に優れ、シリンダー内部に二重の螺旋棒が設置され、豆がむらなく攪拌される構造になっていました。しかも煎りあがった豆はシリンダーが回転中でも全面の蓋を開くだけで排出されるようになっており、作業面、品質面とも格段に向上しました。この革命的な機械が現在の焙煎設備の礎となったのです。この焙煎機の小型タイプである7ポンド焙煎機(焙煎容量約3kg)を元に富士珈琲機械が制作したタイプが以前私が使っていた焙煎機です。基本構造はいたって単純。電源を入れるとモーターが回転し、排気ファンが回ります。モーターにはファンベルトが付いており、その動力は同時にドラムを回転させます。ドラムの下には棒バーナーがあり、ガス圧を調整することによって火力の調整をします。簡単にいえば「ドラムを下から炙って豆を煎っている」構造です。もちろん燃焼現象が起きますから還元された熱量の副産物として煙りや水蒸気がでます。それを排気ファンで空気の量をコントロールします。焙煎の流れは「豆をドラムの中に投入する」→「豆を煎る」→「煎り上がったタイミングで豆を排出」→「冷却」です。基本、この流れはどんな焙煎でも変わりません。ここに私が使っていた7ポンド焙煎機にはもう一つの熱源(赤外線)が付いていました。ドラムの横に四角い箱が飛び出しており、そこに赤外線発生装置がついていました。…熱源が2つ。下からの熱源と横からの熱源。これがあらゆる混乱と伝説を生んだのです。
特許は襟立氏が所有しているらしいですが、襟立氏は珈琲名人であり、氏を師事していた「もか」標交紀氏もこれまた名人。兎に角、この(赤外線付き)を使っているお店は一癖も二癖もある評判の有名店が多いのです。これにより、単純な赤外線付き焙煎機に対するイメージ図ができあがるのです。
(赤外線付き)焙煎機 = うまいコーヒー
私もこの図式に囚われた一人でした。この焙煎機の存在を知ってからというもの思いは強く「この焙煎機が欲しい、使いたい」という願望になるまで時間は掛かりませんでした。そして運命の出会い。2005年のイエメン・エチオピアの旅行で岐阜「待夢珈琲店」今井氏に出会い、使わなくなったという(赤外線付き7ポンド焙煎機)をゆずってもらう運びとなったのです。…皆さん、念は強ければ叶いますよ。
焙煎機をオーバーホールしてもらい、使い始めたのですが。まぁ、予想通りの一癖二癖ある焙煎機で、赤外線に至ってはどのタイミングで使用すればいいのか?まったくの未知の領域。人によっては「赤外線は前半にのみ使用する」「後半にちょっと使う」「後半だけ消す」など様々。しかしこれが今後の珈琲にかかる熱量を考えるきっかけにもなりました。この焙煎機の特徴は赤外線だけではありません。ドラムとバーナーの近さも特徴的で、正真正銘「直火式」焙煎機です。「直火式」といっても解りにくいと思いますので焙煎方法の種類について簡単に説明します。まず直火式ですが、従来のガスで加熱するドラム型焙煎機を示します。輻射熱と伝導熱で焙煎する方法なので大型化が難しく、生産性に限界があるからです。この焙煎方式は小規模店でしか使われません。しかし、独特の風味が燃焼により添加されるので、ゆわゆる珈琲らしい苦み、香味が特徴になります。
もう一つは「熱風式」。これは対流熱を使用する焙煎方式で熱量さえ増やせば大量に焙煎できるので、大手焙煎業者などが工業用に生産するために主として使われる方式です。特徴は微細な熱量コントロールが可能となり、スッキリと水分を抜くことができるため、本来の香りと味を生かした仕上がりになります。
直火式焙煎は輻射熱を使って焙煎します。輻射熱とは別名「放射熱」ともいい、赤外線によって熱が伝わります。赤外線とは波長が0.75〜1000ミクロンくらいの電磁波のことで、温度の高い熱源はいずれも赤外線を放射しています。赤外線は食品にあたると食品その部分の分子を動かします。物体表面に赤外線が到達するとそこで吸収され、熱に変換されます。分子の動きが隣の分子に伝わることで熱が入っていきます。…焚き火などに手をかざすと直接触れているわけでもないのに熱を感じますよね?焚き火から放射される赤外線が体に当たって吸収され熱に変わるから温度を感じるのです。「輻射熱」とは表面と内部の温度差が大きくなるような熱の伝わり方でもあります。
さて、ここでよく耳にする「遠赤外線」についても説明します。テレビCMなどでも「遠赤効果が食品内部まで浸透し、ジューシーな味わいに…」とか、なにやら遠赤外線を使って調理した食品は熱が中まで入り込むと唱われているものを耳にしたことはありませんか?
はっきりと否定しておきましょう。遠赤外線は食品内部まで熱を通すことはありません。先ほども触れましたが、赤外線は食品の表面で吸収されて熱に変わることで食品の温度を上昇させます。遠赤外線より波長の短い近赤外線ですら温度が高くなるのは食品の表面から数ミリまでの層で、遠赤外線はほぼ表面部分の温度のみが高くなります。
この熱の伝わり方で効果的な食品は魚や肉の焼き物です。まず表面を素早く熱で固めることができるため、内部のうまみ成分が流出することなくジューシーに仕上げることができます。炭火の焼鳥や、七輪で焼いた焼き魚がふっくらと美味しくできるのはこの効果です。
さて、そろそろ(赤外線付き)焙煎機に戻りましょう。すなわち、赤外線そのものでは「ふっくらとした美味しいコーヒーを作る」ことには繋がらないように思えます。では何故こんな装置が考えられ、取り付けられたのか?…ここからは私が聞いた話をまとめます。バーンズの機械を模して作られた焙煎機にはドラムに特徴がありました。それは胴長であるということ。胴長に加え、豆を効率よく攪拌するために取り付けられた螺旋状の棒は煎り上がった焙煎豆を素早く排出するために豆が前へ前へと押し出される仕組みでもありました。この作用はドラム前方に豆が溜まっていくことを示します。
ということは、熱源である棒バーナーの前方でしか煎っていない、ということになります。つまり、熱量から一度に焙煎できる量が決まってくるのです。実際、3kg焙煎機とありましたが、最大1.7kgが上限でした。勘の良い方は答えが見えると思いますが、豆を一度に(もう少し)沢山焙煎できないものだろうか?と考えるものです。そこで考え出されたのが「赤外線発生装置」をもう一つの熱源としてカロリーを補うために取り付けたのです。これで焙煎量の上限を上げようとしました。しかしここで思わぬ作用が生み出されたのです。実際、赤外線付きで煎っている人の珈琲は何かが旨かった。何か解らないが味に特徴があった。名人達が煎る珈琲の味と機械的作用が誤解を生んでいったのです。
実は赤外線を使っても使わないでも味が変化する秘密がありました。それは赤外線装置に付いた穴です。この穴は赤外線の火種に着火するための穴で、これが焙煎後半に過剰にかかる熱量を逃がしていたのです。熱を与えるために取り付けた装置の穴から余分な熱が逃げていた。なんとも、面白いものです。実際、赤外線装置の上部に耐熱ガラスの窓があり、窓はスライドで外れるようになっていました。この窓を少しスライドするだけで味が変化したのは体験済みです。
この7ポンド焙煎機の扱いは非常に難しいです。僅かのことが味に影響してきます。ある程度上手くいるための方法論は出来てくるのですが、同じようにしても奇跡的に上手く焙煎できた日と上手くいかない日があり、また季節によっても左右されます。この繊細な違いをどう扱うか?まさに職人魂に火がつく面白さがあります。…まぁ、早い話。安定しない焙煎機なのです。
そして味に大きな左右をもたらす赤外線装置。結局、赤外線をはずして(もしくは使用せずに)普通の7ポンド焙煎機として使うようにした人が多くいました。
しかし、いい焙煎機です。もし今後、焙煎をしようという方がいたとして、この焙煎機が手にはいるなら私はオススメします。たっぷり苦労と苦悩しますが、焙煎修行には武者修行クラスの技術習得と焙煎の基礎が学べます。
オススメの焙煎機ではあるのですが、どうしてもその世界の味を越えようと考えてしまうとこの焙煎機には限界を感じるようになってしまいます。機械構造上特有の味のクセを良しとするか否か?これは提供する側の思考(嗜好)に大きく関わっていきます。
焙煎機メーカーで最近作られている焙煎機のドラムは胴長ではありません。縦に大きく、つまりドラムの直径が大きく作られています。熱量と焙煎量を吊り合わせて考えると胴長に作ることは意味のあることではありません。安定した熱源であるか?安定した熱量であるか?作り上げようとする味の方向性、着地点の求め方で焙煎機は選択していかなくてはなりません。
…そんな訳でどうしても突き抜けたい点を突破するには焙煎機を変えるしかなかったのです。
現在、店の味を支えてるのは長野県にある井上製作所が作っている焙煎機です。この焙煎機、最大の特徴は熱量測定が出来るという点にあります。つまり、バーナーの熱量が何キロカロリーであるかをリアルタイムで測定できるのです。今まで曖昧であった領域を数値可してしまったのです。これは焙煎機の中で行われている変化が可視可出来ることを示します。カロリーの変化や焙煎機の温度変化はパソコンにアウトプットされ、記録を保存できるのです。つまり、保存されたデータの味の再現性が可能なのです。
味の再現性。同じように焙煎していても実は同じ味にはなりません。似たような味にはなりますが、季節や気温、煙突の長さ、外を流れる空気(風)の流量、気圧。焙煎する豆が新豆か枯豆か。様々な変化は味に影響を及ぼします。その事実はデータを測定していれば解ります。たとえデータで可視可していても若干のズレが見えてきます。そのズレが味に影響を及ぼすのです。そう、見えれば修正が利くのです。これが味の再現性に繋がります。
しかもこの焙煎機は理屈の上ではどんな焙煎でも再現可能です。どれくらいの時間で豆を仕上げるか?どのように熱を加えていくか?ドラムの回転数と排気の回転数を調節する事で豆に加わる熱量を調整できるので、意図的に珈琲豆表面に熱を上滑りさせたり、豆に加える熱量そのものを増やしたり、と豆の大きさ(スクリーン)や水分量の多さ、堅さなどをモノによって調整が可能・・・というわけです。後は作り手が「どんな珈琲をお客様に提供したいか?」で味作りは決まっていきます。
機械の性能のせいにできない。偶然の産物は必然のデータに変わる。しかし、はたして焙煎した豆がどのようなモノかというのは実のところ通常のミルでは判断できないのです。世の中のほとんどのミルが構造上、豆を挽く(カット)ときに焙煎豆に熱を加えてしまいます。豆に熱を加えると言うことはミルの中でもう一度焙煎を行っていると言っても過言ではありません。挽き立ての珈琲が瞬間的に香るのは熱が加わっている証拠です。豆を多量に挽いた場合(100g以上連続で)その粉に指を入れると熱を感じます。この珈琲豆をミルで挽くという行為での結果は抽出した珈琲に影響を及ぼします。
つまり、釜から上がった珈琲の味 = 抽出した珈琲の味 厳密に言えば同じでは無いのです。
では、同じにするためにはどんなことをすればいいのか?というと・・・豆を挽くときに豆のハニカム構造を押しつぶさず熱を発生させない=焙煎機から上がった豆そのものの味が味わえるのです。はたしてそんなことができるミルが存在するのか?・・・存在するのです。
先月と重複する内容になりますが、井上製作所のリードミルは豆にほとんど熱を加えません。例えば100gの豆を挽いても挽いてるときの香りがほとんどありませんし、挽き終わった珈琲に指を入れても熱を感じることはありません。通常、一般的なミルはその回転による摩擦熱が発生いたします。挽き終わった珈琲はミルの中でもう一度焙煎という形で豊かな香りを(残念ながら)感じさせてくれます。同時に熱が発生するために挽き終わった豆に指を入れてみると熱を感じます。熱が加わり再焙煎が行われるということはこの時点で味が変化を起こすということです。そうして挽かれた珈琲を抽出する。ということは、飲んでみた結果の珈琲はミルの能力を加算した上での味であるといえます。
このように挽かれた珈琲豆は裁断面がつぶれ、微粉が発生してしまう為にお湯を注ぐとよく膨らみます。ゆわゆる「蒸らし」の行程によって潰された裁断面はお湯を含み戻っていき、微粉が水分を吸着させていきます。珈琲の本には「新鮮なな挽き立ての珈琲はハンバーグのようにプックリと膨らみます・・・」と美味しい新鮮な珈琲の条件のように書かれていることがありますが厳密にはミルの方式によってはこの条件に当てはまりません。では、裁断面が破壊されなければ?微粉率が0に近ければどうなるでしょうか?・・・そうです、潰れた裁断面がお湯を含むこともないし、微粉が水分を吸着させることもないのです。そのようにしてカットされた珈琲はプックリとは膨らみません。膨らまない珈琲の条件は3つ。裁断面を破壊しないミルで挽く。古い豆。焙煎による過剰熱量で起こる炭化。(補足しますが膨らむ、膨らまないのこれらの条件に当てはまることが旨い珈琲か不味い珈琲かというのは別ですので勘違いなさらないようにお願いします)
そして裁断面が破壊されないことがもたらす結果は、微粉が無いため後味がすっきりとしたモノになります。そして抽出時に豆にあたったお湯は珈琲に付着する成分を上から下に透過させていく、というシンプルな役割になります。これは焙煎された珈琲の味がストレートにカップに落ちて行ってるということです。
私は長い間、リードミルの構造を勘違いしていました。珈琲屋の中でも専門店が、しかもその中でもかなりマニアックで味にも評判の店が所有していることが多かったため「このリードミルで挽けばおいしい珈琲が出来る」と思っていました。いつかは購入したい憧れのミル。気持ち、思いは年月ごとに強まっていきました。この感覚のまま井上製作所で「リードミルくださ〜い」と買いに行ったら売ってもらえなかったでしょう。今考えると当時の自分にゾッとします。ミルの関しての情報を集めているといろいろな意見も頂きました。「必要ない」「高価(この場合、性能ではなくただ値段だけの話)」ネットでもあまり情報が収集できないのもこのミルの特徴でした。そんな中、中古として販売しちゃてる珈琲屋にもあたりました。これは後に聞いた話ですが、ミルが使いこなせなくて手放した…というものでした。(ミルが使いこなせない!?)また一つ疑問が浮上してきました。これも後に判明した事ですが、使いこなせない理由は自分の所で焙煎した珈琲をいままで使ってきたミルと同じように使うと味が変わる。ミルを使ったせいで味が変化した。大体こんなところです。
味が変わるのは前回お話ししましたが、リードミルで挽くと、挽いたときの摩擦熱が発生しないと言う点にあります。ミルの中でもう一度焙煎した味がそのお店の珈琲の味ならば、この作業工程が抜けてしまう為に同時に味も(抜けて)しまうのです。しかしながら厳密には味は抜けていません。その味こそが焙煎したままの真実の味なのです。
残念ながら(当たり前ですが)リードミルに珈琲の味を良くする機能は付いていません。このミルの特徴は焙煎した味そのものが解るミルなのです。その特徴の1つ、どんな珈琲を挽いても共通の味になります。それは、すっきりとした後味。微粉率が0であるために余分な雑味を出さないからです。あらゆる珈琲の後味の雑味は微粉によるものだからです。では残り雑味以外の珈琲の味はというとそこにあるのは赤裸々なまでの焙煎された珈琲豆の姿なのです。生焼けの味、焦げてしまった味、抜けてしまった味、煙がこもった味、珈琲豆に含まれる味がカップに表現されるのです。
ということは、これらの判明した良い部分、悪い部分を伸ばしてやったり、消してみたりの方向性が確立してくる…という訳です。「後半の熱量が高いな」「排気が抜けてないぞ」「仕上がりの時間をもう少し短くできないかな」など。その微細なコントロールの方向性をリードミルが示してくれるのです。つまり、今回のコラム(機械)の最初でふれた焙煎機の微細な調整が可能な機能が生きてくるのです。そう、焙煎機とミルは2つで一つなのです。針の穴に糸を通すような焙煎が可能になってくるのです。